九条 良経(くじょう よしつね、嘉応元年(1169年) - 元久3年3月7日 (旧暦)|3月7日(1206年4月16日))は、平安時代末期から鎌倉時代前期にかけての公卿。従一位、摂政、太政大臣。後京極殿と号した。通称は後京極摂政(ごきょうごく せっしょう)。摂政関白・九条兼実の次男。百人一首|小倉百人一首では「後京極摂政前太政大臣」。「きりぎりす 鳴くや霜夜の さむしろに 衣かたしき ひとりかもねむ」
九条 良経(くじょう よしつね、嘉応元年(1169年) - 元久3年3月7日 (旧暦)|3月7日(1206年4月16日))は、平安時代末期から鎌倉時代前期にかけての公卿。従一位、摂政、太政大臣。後京極殿と号した。通称は後京極摂政(ごきょうごく せっしょう)。摂政関白・九条兼実の次男。百人一首|小倉百人一首では「後京極摂政前太政大臣」。「きりぎりす 鳴くや霜夜の さむしろに 衣かた......