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中島豊後守

推定知名度0.04%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女

中島豊後守(なかじま ぶんごのかみ、生没年不詳)は、戦国時代の武将。諱は不詳。織田氏に仕えた。初め犬山城主織田信清の家老として、小口城主を務める。信清の敵対により信長が永禄4年(1561年)6月小口城を攻めると、これを撃退。しかし、信長が間近に小牧山城を築くと、城を明け渡して犬山城に退散する。その後、丹羽長秀の調略により、同じ信清家老の和田定利とともに信長方の兵を引き入れ、信清は甲斐に逃亡した。以後は信長に仕え、永禄12年(1569年)の大河内城の戦い、元亀2年(1571年)の長島一向一揆攻め、天正2年(1574年)には織田信忠に従い長島攻めに参加するが、和田はこの戦いで討ち死にし、中島豊後守も以後史料に登場しなくなる。同戦いで豊後守の次に交名がある中島勝太は、子で継嗣との推測がある。

過去の推移