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中島栄次郎

推定知名度0.45%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女

中島 栄次郎(なかじま えいじろう、1910年(明治43年)8月18日 - 1945年(昭和20年)5月27日)は、日本の評論家、詩人、哲学者。 京都帝国大学教授の田辺元のもとで、ニーチェの研究などに携わり、毎日新聞に文芸評論を書いた(その際の担当記者が井上靖)。大阪高等学校 (旧制)の同級生を中心に文芸同人誌『コギト』の創刊メンバーである。はじめ沖崎猷之介の筆名を用い、第16号(昭和8年9月号)以後は本名で主に評論を、また詩、小説を発表した。また、文芸同人誌『日本浪漫派』の創刊メンバーである。その創刊号の巻頭に「浪漫化の機能」を執筆した。同人には第二号から太宰治、檀一雄、第三号からは伊東静雄、大山定一らが加わった。文学界に大きな影響を与えた。他に「文芸文化」「思想」「四季」「新潮」「文学界」などにも執筆した。日本大学大阪専門学校(現近畿大学)と天理外国語専門学校(現天理大学)の教授を務めた。戦時中は統制下にあり、自由に物を書くことができなくなった。出征した後、フィリピンのルソン島マニラ郊外の山地で戦死した。

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