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上別府宮内少輔

推定知名度0.18%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女

上別府 宮内少輔(かみべっぷ くないしょうゆう)は、戦国時代の武将。日向伊東氏の家臣。実名は不明。清武地頭。日向国宮崎郡清武城主。日向国の中世史料である『日向記』の巻第7“分国中城主揃事”によると、長倉伴九郎と共に清武城主を務めたとされる。天文20年(1551年)の目井城攻防戦で長池刑部少輔等と共に活躍した。元亀3年(1572年)の覚頭合戦の際には、伊東新次郎、伊東加賀守等を大将とする伊東軍に伴九郎と共に従軍した。しかしこの戦いで伊東軍は島津軍に敗北し、総崩れとなってしまう。敗走の最中に若年の長倉伴九郎討死の報を聞いた宮内少輔は、敗走する自分を面目なく感じて戦場に引き返し、討ち死にした。享年41。category:戦国武将category:日向国の人物category:戦死した人物Category:1531年生Category:1572年没

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