三遊亭圓龍の画像画像引用元: rakugo-kyokai.jp

三遊亭圓龍

推定知名度1.58%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女

三遊亭 圓龍(さんゆうてい えんりゅう)は落語の名跡。過去に3人ほど確認されているが亭号がはっきりしていない。*銚遊亭(ちょうゆうてい) 圓龍- 『東都噺者師弟系図』『落語家奇奴部類』では初代三遊亭圓生門人としてみえる。*三遊亭 圓龍 - 長野出身。最初上方で土橋亭龍喬(司馬龍喬)。1885年正月から東京に出向き三遊亭圓朝の門で圓龍を貰い、地方廻りに専らにした。(本名:藤井久五郎)*亭号不明 圓龍 - 後の三遊亭圓駒(本名:村井正彦)----三遊亭 圓龍(さんゆうてい えんりゅう、1939年2月20日 - )は、山梨県高根町(現:北杜市)出身の落語家。落語協会所属。本名は水野 孝雄(みずの たかお)。出囃子は『末広狩』。以前はプロダクション・タンクに所属していた。8年間、松井証券に勤めていたことがある。*1965年2月 - 6代目三遊亭圓生に入門し「旭生」を名乗る。*1969年4月 - 二つ目昇進。*1978年6月 - 落語協会分裂騒動で師匠の圓生に従って落語協会を脱退し、新団体の落語三遊協会に加わる。*1979年9月 - 圓生死去。*1980年2月 - 落語三遊協会解散に伴い、落語協会に復帰。*1981年3月 - 真打昇進、「圓龍」に改名。師匠の新団体設立と解散に伴い、内定していた真打昇進が2度白紙になるという珍しい経験をしている。3代目桂米朝から「持参金」を稽古付けてもらい東京落語風にアレンジして演じている。

過去の推移