画像引用元: upload.wikimedia.org三田渡の盟約
推定知名度1.12%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女
三田渡の盟約(さんでんとのめいやく)は、清と李氏朝鮮との間で行われた丙子の役の終戦講和条約である。1637年1月30日に李氏朝鮮の首都漢城の郊外三田渡(現ソウル特別市松坡区蚕室洞)で締結された。この記念に大清皇帝功徳碑が建てられた。李氏朝鮮は、初代国王である李成桂が1393年に明の初代皇帝朱元璋から権知朝鮮国事(朝鮮国代官)に封ぜられて以降、一貫して明の属国であり続けたが、三田渡の盟約をもって、明の属国から清の属国へとかわった。1895年4月17日に締結された日清戦争後の講和会議である下関条約まで、李氏朝鮮は清の属国であり続けた。毎年上納される物品の量はその後減らされたものの、三田渡の盟約の大枠は1895年まで守られ続けた。
過去の推移
0.1406
0.1507
0.1508
0.1509
0.1510
0.6611
1.3812
1.2813
1.1914
1.1215
1.1216
