三条西季知の画像画像引用元: www.dokidoki.ne.jp

三条西季知

推定知名度2.92%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女

三条西 季知(さんじょうにし すえとも)は、江戸時代後期から明治期の公卿。安政5年(1858年)、権中納言となり重んじられるが、文久3年(1863年)公武合体派の策略により、三条実美らと長州へ下向、いわゆる七卿落ちの一人となる。その後さらに大宰府まで走り、やがて王政復古の大号令によって赦され、権大納言に復し帰洛。明治元年(1868年)には皇太后宮権大夫となった。明治維新後、参与、教部省教導職の長官である大教正兼神宮祭主となった。三条西家の当主だけあって歌道の宗匠として知られ、西四辻公業とともに明治天皇の歌道師範となった。季知自身は三条西家分家当主の高松公祐に師事した。また、三条西家は香道の宗匠家としても知られ、季知自身も公家文化を担うこの時代の文化人の一人であった。すえともCategory:幕末の公家Category:明治時代の人物Category:江戸時代の歌人Category:祭主Category:日本の華族Category:山城国の人物Category:1811年生Category:1880年没

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