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ヴァルデマー1世

推定知名度1.01%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女

ヴァルデマー1世(デンマーク語Valdemar 1. den Store,1131年1月14日 - 1182年5月12日)は、デンマーク君主一覧|デンマーク王(在位:1157年 - 1182年)。デンマーク2人目の大王。父はシュレースヴィヒ公国|ユトランド伯でデンマーク王エーリク1世 (デンマーク王)|エーリク1世の息子クヌート・ラヴァルド、母はキエフ大公国|キエフ大公ムスチスラフ1世の娘インゲボルガ・ムスチスラヴナ|インゲボルガ。当時のデンマークは王位継承戦争で混乱状態にあり、従兄のスヴェン3世 (デンマーク王)|スヴェン3世とはとこ|又従弟のクヌーズ5世 (デンマーク王)|クヌーズ5世が内乱を起こしていた。ヴァルデマーはスヴェン3世についてクヌーズ5世をデンマークから追放したが、1154年にクヌーズ5世に寝返り、スヴェン3世はドイツへ亡命した。1157年にドイツから戻ったスヴェン3世と和睦、デンマークを3人で統治すると決められたが、スヴェン3世はロスキレでクヌーズ5世を殺害、ヴァルデマー1世は側近のアブサロンと共に逃亡した後に軍を率いてスヴェン3世を撃破(グラーテ・ヘーゼの戦い)、スヴェン3世は逃亡中に殺害された為、デンマークはヴァルデマー1世の単独統治となり、内乱は終息した。対外的には神聖ローマ皇帝フリードリヒ1世 (神聖ローマ皇帝)|フリードリヒ1世に臣従を誓い、叙任権闘争においても教皇派と皇帝派|皇帝派を支持し、教皇派のルンド大司教エスキルを更迭した。1165年には独断で長男クヌーズ4世 (デンマーク王)|クヌーズを太子とし、1170年には復任したエスキルに戴冠させた。また、ロスキレ大司教に就任したアブサロンと協力して領土全域に城砦を築き、ヴェンド人の根拠地リューゲン島を征服した。この時にアブサロンの建設した砦の1つが現在のコペンハーゲンとなる。

過去の推移