ワシリー・アガプキンの画像画像引用元: upload.wikimedia.org

ワシリー・アガプキン

推定知名度0.3%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女

ワシリー・イワノビッチ・アガプキン (Васи́лий Ива́нович Ага́пкин、; ラテン文字転写の例:Vasily Ivanovich Agapkin; 1884年2月3日 - 1964年10月29日)はソビエト・ロシアの軍楽隊の指揮者・作曲家であり、行進曲「スラブ娘の別れ」()を1912年に作曲したことで有名。アガプキンはタンボフで1884年に生まれた。1912年から15年にかけてタンボフ音楽学校で学んだ後、陸軍に入隊。1917年の革命後は、NKVDの勤務員となり、NKVDのオーケストラの指揮者を務めた。アガプキンは1941年11月7日にモスクワの赤の広場で行われた有名なパレードで、複合軍事オーケストラを指揮した。このパレードで演奏された行進曲4曲のうち1曲が「スラブ娘の別れ」であった。1945年のモスクワ凱旋パレードでもオーケストラを指揮している。作曲した音楽は1986年制作の「72 Meters」など多くの映画に使用されている。

過去の推移