画像引用元: upload.wikimedia.orgロスチスラフ・フセヴォロドヴィチ
推定知名度0.09%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女
ロスチスラフ・フセヴォロドヴィチ(Ростислав Всеволодович、1070年 - 1093年)はキエフ大公フセヴォロドの末の息子(ウラジーミル・モノマフの弟)である。ペレヤスラヴリ公:1078年 - 1093年。1078年、おじのキエフ大公・イジャスラフがチェルニゴフ付近の戦い(ru)で戦死すると、父がキエフ大公位を継いだ。兄のモノマフはチェルニゴフ公となり、ロスチスラフは兄と共にペレヤスラヴリ公国領を統治した。また、ポロヴェツ族との戦いに参加した。父のフセヴォロドは晩年病に倒れるが、その時にポロヴェツ族による新たな襲撃がはじまった。1093年、フセヴォロドが病死するとキエフ大公位はトゥーロフ公スヴャトポルクのものとなった。ロスチスラフはスヴャトポルク、モノマフらと共にステューフナ川の戦い(ru)に参加するがポロヴェツ族に敗北し、退却の際に溺死した。
過去の推移
–06
–07
–08
–09
–10
–11
–12
–13
0.0514
0.0515
0.0916
