画像引用元: upload.wikimedia.orgレオポール・クレマン・ド・ロレーヌ
推定知名度0.07%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女
レオポール=クレマン・シャルル・ド・ロレーヌ(Léopold-Clément Charles de Lorraine, 1707年4月25日 リュネヴィル - 1723年6月4日 リュネヴィル)は、神聖ローマ帝国|独フランス王国|仏国境地域のロレーヌ公国の世子。神聖ローマ皇帝フランツ1世 (神聖ローマ皇帝)|フランツ1世の兄にあたる。ドイツ語名のレオポルト・クレメンス・カール・フォン・ロートリンゲン(Leopold Clemens Karl von Lothringen)で呼ばれることもある。ロレーヌ公レオポルト (ロレーヌ公)|レオポールとその妻でフランス君主一覧|フランス王ルイ14世 (フランス王)|ルイ14世の姪にあたるエリザベート・シャルロット・ドルレアンの間の第8子、三男として生まれた。1711年に次兄ルイの死により父の後継ぎとなった。1723年、父方の従伯父にあたる神聖ローマ皇帝カール6世 (神聖ローマ皇帝)|カール6世の元で学業を修めるべく、ウィーン宮廷に送られた。このウィーン行きには、皇帝の長女マリア・テレジア大公女との縁談を進める目論見も含まれていた。しかしレオポール=クレマンは実家のリュネヴィルに戻ってまもなく天然痘に罹り、16歳の若さで世を去った。遺体はナンシーのサン・フランソワ・ド・コルディア教会に葬られた。
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