ルドルフ・ヨハネス・フォン・エスターライヒの画像画像引用元: upload.wikimedia.org

ルドルフ・ヨハネス・フォン・エスターライヒ

推定知名度0.79%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女

ルドルフ・ヨハネス・ヨーゼフ・ライナー・フォン・エスターライヒ(Rudolf Johannes Joseph Rainer, Erzherzog von Österreich, 1788年1月8日 ピサ - 1831年7月24日 バーデン・バイ・ウィーン)は、神聖ローマ皇帝レオポルト2世 (神聖ローマ皇帝)|レオポルト2世の末子。1819年にオロモウツ大司教と枢機卿に選出された。一般的にはルドルフ(ルードルフ)大公の呼び名で、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン|ベートーヴェンのパトロンおよび弟子として知られている。1803年もしくは1804年にベートーヴェンにピアノと作曲を師事した。その後2人は意気投合し、ルドルフ大公はベートーヴェンの庇護者を務める。1824年まで2人の交友は続いた。ベートーヴェンに保護者として年金を送りつづけた貴族は他に2人いたが、最後まで絶やさなかったのはルドルフ大公のみであり、作曲家の大作・重要作を多く献呈されている。献呈された作品は、有名な《ピアノ三重奏曲第7番 (ベートーヴェン)|大公トリオ》や《ピアノソナタ第26番 (ベートーヴェン)|告別ソナタ》だけでなく、《ミサ・ソレムニス》を含めて合計14曲に上る。ルドルフも見返りに自作をベートーヴェンに献呈している。ベートーヴェンのルドルフ大公宛ての私信は、現在ウィーン楽友協会に保管されている。ルドルフ大公は生来虚弱で、激務に耐えることができなかった。1831年に早世すると、ウィーンのカプツィーナー納骨堂|皇室地下霊廟に葬られた。心臓はオロモウツ大聖堂に眠っている。

過去の推移