画像引用元: upload.wikimedia.orgルイス・アントニオ・デ・ボルボーン・イ・ファルネシオ
ルイス・アントニオ・デ・ボルボーン・イ・ファルネシオ(スペイン語:Luis Antonio Jaime de Borbón y Farnesio, de Baviera y d'Este, 1727年7月27日 - 1785年8月7日)は、スペインの王族。トレド大司教及び第13代チンチョン伯。スペイン王フェリペ5世 (スペイン王)|フェリペ5世と王妃エリザベッタ・ファルネーゼ|イサベル・デ・ファルネシオの三男としてマドリードで誕生した。幼い頃から聖職者として養育され、8歳で金羊毛騎士団員、トレド大司教、ローマのサンタ・マリア・デッラ・スカラ教会の枢機卿となった(1754年に職位を返上している)。枢機卿となった世界最年少年齢として、「ギネス・ワールド・レコーズ|ギネスブック」に記載されている。1759年、異母兄フェルナンド6世 (スペイン王)|フェルナンド6世が嫡子のないまま死ぬと、ルイスは還俗して王位に就くことを夢見た。彼は、同母兄カルロス3世 (スペイン王)|カルロが当時ナポリ王国|ナポリとシチリア王国|シチリアの王位に、フィリッポ・ディ・ボルボーネ|フィリッポがパルマ公国|パルマ公位に就いていたことから、スペインにいる王位継承者は自分だけだと主張したのである。このため、カルロス3世として即位した兄に疎まれた。カルロスは空位となったナポリとシチリアの王位を、自分の次男フェルディナンド1世 (両シチリア王)|フェルナンドへ与えた。ルイスは兄によってマドリードの宮廷から遠く離され、国内で流刑同然の状態に置かれた。1776年頃、アラゴン州|アラゴン貴族の女性マリア・テレサ・デ・バリャブリガと貴賤結婚し、3子をもうけた(他に1子を死産)。* ルイス・マリア(1777年 - 1823年)* マリア・テレサ・デ・ボルボーン・イ・バリャブリガ|マリア・テレサ(1779/1780年 - 1828年)* マリア・ルイサ(1780年 - 1846年)ルイスは芸術と文化の愛好者であり、ルイジ・ボッケリーニやフランシスコ・デ・ゴヤの庇護者であった。
