画像引用元: upload.wikimedia.orgルイス・アレグザンダー・マウントバッテン
ルイス・アレグザンダー・マウントバッテン(Louis Alexander Mountbatten, 1854年5月24日 - 1921年9月11日)は、イギリスの軍人で貴族。初代ミルフォード・ヘイヴン侯爵|ミルフォード=ヘイヴン侯。ドイツのヘッセン大公家の傍系バッテンベルク家の出身で、ルートヴィヒ・アレクサンダー・フォン・バッテンベルク(Ludwig Alexander von Battenberg)と名乗っていたが、第一次世界大戦時の反ドイツ風潮を鑑みて、英語風の家名マウントバッテンに変更した。当時オーストリア帝国|オーストリアの軍人だったアレクサンダー・フォン・ヘッセン=ダルムシュタット|アレクサンダーと妻ユリア・ハウケの長男として、グラーツで生まれた。父がイタリア独立戦争に従軍し、オーストリア軍が占領した北イタリアに滞在していたため、幼年期は北イタリアと、ヘッセンの父の居城ハイリゲンベルクで育った。母ユリアは子供たちにフランス語を教え、またイギリス人の家庭教師がついていたため、ルイスら兄弟たちは自然にドイツ語・フランス語・英語を解するようになった。従兄ルートヴィヒ4世 (ヘッセン大公)|ヘッセン大公太子ルートヴィヒの妃アリス (ヘッセン大公妃)|アリスがイギリス王女であったこともあり、自然とイギリスへ渡ることを考え、14歳でイギリス海軍に入隊。イギリス王太子アルバート・エドワード(のちのエドワード7世 (イギリス王)|エドワード7世)夫妻の地中海・黒海クルーズに同行したことから、アルバートと懇意にするようになった。ルイスは自身の能力を示すため、軍事作戦に積極的であったし、海軍内での出世に熱心だった。1912年には第一海軍卿(制服組の軍人としての最高位)にまでなるが、彼のドイツ貴族としての称号と、イギリス王家とのつながりが軍内では敬遠される傾向にあった。しかも、ドイツ人としての出自すら冷遇の対象となっていたため、1914年にルイスは退役してワイト島に買った自宅ケント・ハウスに引きこもった。1917年7月14日、ルイスはバッテンベルク家の称号の放棄と、マウントバッテンへの家名変更を表明。3日後の7月17日、ジョージ5世 (イギリス王)|ジョージ5世により、ミルフォード・ヘイヴン侯爵|ミルフォード=ヘイヴン侯爵を授爵された。ルイスと妻ヴィクトリア (ミルフォード=ヘイヴン侯爵夫人)|ヴィクトリア、そして当時既にギ
