リヒェンツァ・フォン・ノルトハイムの画像画像引用元: upload.wikimedia.org

リヒェンツァ・フォン・ノルトハイム

推定知名度0.7%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女

リヒェンツァ・フォン・ノルトハイム(Richenza von Northeim、1087年から1089年頃 - 1141年6月10日)は、ノルトハイム伯爵家の出身で神聖ローマ皇帝ロタール3世 (神聖ローマ皇帝)|ロタール3世妃。ノルトハイム伯ハインリヒ・デア・フェテ(バイエルン大公|バイエルン公オットー・フォン・ノルトハイムの息子、1101年没)とブルノン家のゲルトルート・フォン・ブラウンシュヴァイクの娘。1100年頃にザクセン公国|ザクセン公で後に皇帝となるロタール・フォン・ズップリンゲンブルクに嫁いだ。1115年に生まれた彼らの娘ゲルトルート・フォン・ザクセン|ゲルトルートはバイエルン公ハインリヒ10世 (バイエルン公)|ハインリヒ10世(傲岸公、または尊大公ともいう)に嫁ぎ、これによりブルノン家とノルトハイム伯爵家の所領はヴェルフ家に移った。しかし、ロタール3世の死後、ハインリヒ10世はコンラート3世 (神聖ローマ皇帝)|コンラート3世から所領を没収され、代わってアスカーニエン家のアルブレヒト1世 (ブランデンブルク辺境伯)|アルブレヒト熊公がザクセン公に任命された。アルブレヒト熊公との戦いで、リヒェンツァは孫のハインリヒ3世 (ザクセン公)|ハインリヒ獅子公のザクセンにおける権利を主張した。1141年没。1137年に亡くなった夫や、婿のハインリヒ傲岸公らと共にケーニヒスルターのカイザードームに葬られた。

過去の推移