リチャード・クロムウェルの画像画像引用元: upload.wikimedia.org

リチャード・クロムウェル

推定知名度2.38%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女

リチャード・クロムウェル(Richard Cromwell, 1626年10月4日 - 1712年7月12日)は、イングランドの政治家、護国卿(在任:1658年 - 1659年)。清教徒革命の指導者で、革命後にイングランド共和国の護国卿となったオリバー・クロムウェルとエリザベス・バウチャー夫妻(5男4女あり)の三男。20歳代の1654年から庶民院 (イギリス)|庶民院議員となって父を補佐し、1657年には議員とオックスフォード大学の総長を兼任している。1658年に死去した父の後を継いで第2代護国卿となったが、父ほどの器量や才能がなく、議会を解散して父以上の独裁政治を行おうとしたため議会の反発を買い、翌年、就任から8ヶ月で辞任を余儀なくされた。父の晩年から共和政(事実上のオリバー個人独裁)は崩壊しつつあったが、若年かつ凡庸なリチャードが後を継いだことは、クロムウェル政権の崩壊をより促進させる結果となった。辞任後は父の部下チャールズ・フリートウッド、ジョン・ランバートと議会が争ったが、やがて彼らを排除したジョージ・マンク (初代アルベマール公)|ジョージ・マンクがチャールズ2世 (イングランド王)|チャールズ2世をイングランドに迎え入れ1660年にイングランド王政復古|王政復古を実現させると、報復を恐れてフランス王国に亡命する。以後は名前を変えてパリで過ごしていたが、1680年頃にイングランドに帰国して、政界に関わらず余生を送った。1712年、満85歳で死去した。イングランドの指導者としての地位は1年も続かなかったが、2012年にエリザベス2世が国王在位のまま86歳を迎えるまで、英国史上もっとも長命だった統治者である。Category:イングランド史の人物Category:イギリスの亡命者人くろむうえる りちやあとCategory:イングランド庶民院議員Category:清教徒革命Category:ケンブリッジシャー出身の人物Category:1626年生Category:1712年没

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