画像引用元: upload.wikimedia.orgラパッロ条約
推定知名度0.81%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女
ラパッロ条約は、1920年11月12日、イタリア王国とセルビア人・クロアチア人・スロベニア人王国(後のユーゴスラヴィア、以下ユーゴスラヴィア)との間でイタリア・ジェノヴァ近郊のラパッロで調印された条約。イタリア側はジョリッティ首相、ユーゴスラヴィア側はヴェスニッチ首相。条約によれば、イタリアはイストリアをはじめザーラ/ザダル(Zara/Zadar)とケルソ島(Cherso、現在のツレス島)、ルッシーノ島(Lussino、現在のロシニ島)、ラゴスタ島(Lagosta、現在のラストヴォ島)、ペラゴーザ島(Pelagosa、現在のパラグルジャ島)などの島々を保有し、フィウーメ(現在のリエカ)は独立市になるはずだったが、1924年1月27日に両国がローマ条約で確認した際にはフィウーメはイタリア領とされ、ダルマティアの他の地域やスシャク(Sušak)がユーゴスラヴィア領とされた。
過去の推移
0.7906
0.807
0.808
0.8109
0.8410
0.8711
0.8312
0.8113
0.8114
0.815
0.8116
