ラッバーン・バール・サウマの画像画像引用元: upload.wikimedia.org

ラッバーン・バール・サウマ

推定知名度1.41%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女

ラッバーン・バール・サウマ(シリア語:ܪܒܢ ܒܪ ܨܘܡܐ Rabban Bar Sauma、1220年代 - 1294年1月10日)は、13世紀のウイグル(もしくはオングート|オングト)出身のネストリウス派キリスト教(景教)の僧侶。モンゴル人の国家であるイルハン朝の外交使節として、ヨーロッパに派遣された。漢文史料では拉賓掃務瑪と表記される。弟子の一人であるラッバーン・マルコス(後のネストリウス派の総主教)とともに、元 (王朝) |元朝からエルサレムへの巡礼の旅にしたことで知られる。エルサレムへの巡礼は叶わなかったが、イルハン朝の外交使節としてヨーロッパへ派遣された。彼は多くのヨーロッパの君主に加えて教皇|ローマ教皇とも面会し、モンゴルとヨーロッパのキリスト教国との同盟を提案したが、成果を上げることはできなかった。

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