ヨハン・テオドール・ヘリエ・ヴェストリン(Johan Theodor Herje Westrin, 1916年9月17日 - 1944年10月5日) は、第二次世界大戦期のスウェーデンの軍人。冬戦争ではフィンランド軍に、独ソ戦ではナチス・ドイツ武装親衛隊にスウェーデン人義勇兵として所属し、ソビエト赤軍と交戦。1944年秋、ラトビア東部における戦闘で戦死した。最終階級はSS曹長(SS-Oberscharführer)。なお、ヴェストリンは1987年に至るまで戦死が公式に確認されておらず、第二次世界大戦終結から40年以上もの間「行方不明」として扱われていた。
ヨハン・テオドール・ヘリエ・ヴェストリン(Johan Theodor Herje Westrin, 1916年9月17日 - 1944年10月5日) は、第二次世界大戦期のスウェーデンの軍人。冬戦争ではフィンランド軍に、独ソ戦ではナチス・ドイツ武装親衛隊にスウェーデン人義勇兵として所属し、ソビエト赤軍と交戦。1944年秋、ラトビア東部における戦闘で戦死した。最終階級はSS曹長(S......