画像引用元: upload.wikimedia.orgヨハン・ヨーゼフ・フックス
ヨハン・ヨーゼフ・フックス(Johann Joseph Fux, 1660年 - 1741年2月14日)は、オーストリアのバロック音楽の作曲家、オルガン演奏家、チェンバロ演奏家。現在のシュタイアーマルク州ヒルテンフェルトの農家の家系で1660年頃に生まれた。若い頃の事はほとんど知られていない。* 1680年(20歳) グラーツ大学の学生であった事が判明している。その後多分イタリアで学んだのではないかと思われる。* 1690年 - 1695年(30歳 - 35歳) 記録ではこの若き音楽家は、オルガン奏者としてウィーンのスコットランド教会で働いた。この頃の活動がのちの皇帝の目に止まり、宮廷に招かれることになったらしい。* 1696年(36歳)頃 結婚。* 1698年(38歳) 神聖ローマ皇帝レオポルト1世によって宮廷音楽家に任命される。それまでの例では必ずイタリア人が任命されていたが、多数の候補者の中でもフックスは特別に才能があったらしい。* 1705年(45歳) ウィーンのシュテファン大聖堂の副楽長に任命される。* 1711年(51歳) 皇帝カール6世によって宮廷楽長に任命される。音楽家としてヨーロッパでは最高の地位であった。この頃からの30年間がフックスの全盛時代であり、おびただしい数の作品が残されている。* 1715年(55歳) シュテファン大聖堂の楽長となる。* 1723年(63歳) 祝祭オペラ『コスタンツァとフォルテッツァ』(「竪国と不抜」または「節操と力」、Costanza e Fortezza )が作曲された。この曲は皇帝カール6世のボヘミア王としての戴冠式を祝うために作曲され、莫大な費用をかけてプラハ城で演奏された。この時の上演は極めて豪華で、ウィーン以外の音楽家達、例えばタルティーニやクヴァンツ、ゼレンカら優れた音楽家達がオーケストラのメンバーに加わっており、また皇帝カール自身もチェンバロの演奏をした。* 1725年(65歳) おそらく最もよく知られた著書『パルナッソス(芸術の山)への階梯(階段)』(Gradus ad Parnassum, 「古典対位法」とも呼ばれる)を発表した。ラテン語で書かれたこの対位法の教程書はJ.S.バッハの蔵書にもあり、ベートーヴェンもこれで勉強したと伝えられる。* 1734年(74歳)頃 妻が死亡、その後の作品は宗教的な色彩を帯びるようになった。* 17
