画像引用元: upload.wikimedia.orgミシェル・シャミヤール
ミシェル・シャミヤール(Michel ChamillartまたはChamillard, 1652年 - 1721年4月14日)は、フランス王国|フランスの政治家。ルイ14世 (フランス王)|ルイ14世の下で国務卿(大臣)を務めた。パリの貴族の家に生まれる。1676年に高等法院 (フランス)|パリ高等法院評議員、請願審議官(メートル・デ・ルケット、)などを歴任する。この間マントノン侯爵夫人フランソワーズ・ドービニェ|マントノン夫人の知遇を得る。1690年に財務官を経て、1699年9月5日、フランス経済・財政・産業省|財政総監(大蔵大臣、財務大臣に相当)に就任。1701年に陸軍卿(フランス国防省|陸軍大臣)も兼任した。財政総監としては、ルイ14世の治世末期の5300万リーヴルに上る財政赤字を解決することが求められたが、シャミヤールには能力も意思も欠けており、王の主導による戦争、軍事行動の抑制も経済改革も着手することはできなかった。紙幣の一種であるbillets de monnaieの流通を企画したが、増大する国債を如何ともしがたかった。セバスティアン・ル・プレストル・ド・ヴォーバン|ヴォーバン元帥の十分の一税に関する計画や、経済学者のピエール・ボワギュベール()公爵の率いる北イタリアへ派遣されたフランス軍はトリノ包囲に失敗しオイゲン・フォン・ザヴォイエン|プリンツ・オイゲンに敗北したため(トリノの戦い)、シャミヤールを取り巻く環境は悪化した。さらにマントノン夫人の支持も失い、1709年6月10日に陸軍卿を辞任、以後は所領で隠棲した。 ヴォルテールは、著書『ルイ14世の世紀』でシャミヤールの人柄を穏健で柔和と評し、財政総監と陸相の激職を兼務することが困難であったため、投げ出す羽目になったと記述している。
