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マンスール・アリー

推定知名度1.37%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女

アル=マンスール・アリー(الملك المنصور علي al-Malik al-Manṣūr ‘Alī)は、マムルーク朝(バフリー・マムルーク朝)のスルターン(在位:1257年 - 1259年)。第2代スルターン・イッズッディーン・アイバクの子。母はアイバクの先妻であり、アイバクとの離婚を強いられた。アイバクが後妻のシャジャル・アッ=ドゥッルによって暗殺され、さらにシャジャル・アッ=ドゥッルがマンスール・アリーの生母の命令によって殺害されると、スルターン位の世襲の慣習が存在しないマムルーク朝は混乱をきたす。「若年のスルターンに難局に対処する能力は無く、確固たる信念を持つ人物をスルターンとするべきである」と主張するクトゥズにより、マンスール・アリーは廃位される。マンスールは家族とともにダミエッタに移送され、後にコンスタンティノープルに送られた。

過去の推移