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マリー・ド・ベリー

推定知名度0.4%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女

マリー・ド・ベリー(Marie de Berry, 1367年 - 1434年)は、フランス王国|フランス・ヴァロワ朝の王子ベリー公ジャン1世 (ベリー公)|ジャンと最初の妃ジャンヌ・ダルマニャック(ベルナール7世 (アルマニャック伯)|ベルナール・ダルマニャックの叔母)の次女で末子。オーヴェルニュ女公。初め、ルイ3世・ド・シャティヨンと結婚したが、1391年に死別した。2人の間の子供はなかった。次いで1393年にウー伯フィリップ・ダルトワ (1358-1397)|フィリップ・ダルトワと結婚したが、1397年に死別した。2人の間には4子が生まれた。*シャルル・ダルトワ|シャルル(1394年 - 1472年) - ウー伯*フィリップ(1395年 - 1397年)*ボンヌ・ダルトワ|ボンヌ(1396年 - 1445年) - 1413年にヌヴェール伯フィリップ・ド・ブルゴーニュ (1389-1415)|フィリップと結婚、1422年にブルゴーニュ公フィリップ3世 (ブルゴーニュ公)|フィリップ・ル・ボンと再婚*カトリーヌ(1397年 - 1420年) - 1416年、カランシー領主ジャン・ド・ブルボン(ラ・マルシュ伯ジャン1世 (ラ・マルシュ伯)|ジャン1世の三男)と結婚最後に1400年、ブルボン公ジャン1世 (ブルボン公)|ジャン1世と結婚した。2人の間には3子が生まれた。*シャルル1世 (ブルボン公)|シャルル1世(1401年 - 1456年) ブルボン公*ルイ(1403年 - 1412年)*ルイ1世 (モンパンシエ伯)|ルイ1世(1405年 - 1486年) モンパンシエ伯1416年に父ベリー公が死去した時、マリーの兄たちはすでになく、その子供もいなかったため、父の遺領のうちオーヴェルニュ公領、モンパンシエ伯領などを相続し、夫ブルボン公と共同でオーヴェルニュ女公およびモンパンシエ女伯となった。これらの所領はのちに、ブルボン公との間の息子のうち、夭逝した次男を除く2人に分け与えられた。しかしブルボン公はその前年、アジャンクールの戦いで捕虜となってイングランド王国|イングランドへ送られており、帰国しないまま1434年に死去した。マリーは父の遺領だけでなくブルボン家の家領も代わって統治し、この最後の夫と同じ年に死去した。Category:モンパンシエ伯Category:オーヴェルニュ公Category:ヴァロワ朝の人物C

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