マリア・ルドヴィカ・フォン・シュパーニエンの画像画像引用元: upload.wikimedia.org

マリア・ルドヴィカ・フォン・シュパーニエン

推定知名度1.62%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女

マリア・ルドヴィカ(ドイツ語名:Maria Ludovika von Spanien, 1745年11月24日 - 1792年5月15日)は、神聖ローマ皇帝レオポルト2世 (神聖ローマ皇帝)|レオポルト2世の皇后。父はスペイン君主一覧|スペイン王カルロス3世 (スペイン王)|カルロス3世、母はポーランド君主一覧|ポーランド王兼ザクセン君主一覧|ザクセン選帝侯アウグスト3世 (ポーランド王)|アウグスト3世の娘マリア・アマリア・フォン・ザクセン|マリア・アマリア。スペイン語名はマリーア・ルイサ・デ・エスパーニャ(María Luisa de España)。カンパニア州|カンパニア地方のポルティチで生まれた。当時、父カルロスはナポリ王国|ナポリとシチリア王国|シチリアの王であった。1764年にハプスブルク=ロートリンゲン家のレオポルト大公と結婚、翌1765年にレオポルトが父である皇帝フランツ1世 (神聖ローマ皇帝)|フランツ1世からトスカーナ大公国を相続したことでトスカーナの支配者一覧|トスカーナ大公妃となった。1790年にはレオポルトが兄ヨーゼフ2世から帝位を継承したため皇后となったが、1792年に夫と死別後間もなく自身も死去した。

過去の推移