画像引用元: pds.exblog.jpマリア・デ・アブスブルゴ
推定知名度1.39%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女
マリア・デ・アブスブルゴ・イ・アビス(Maria de Habsburgo y Avis, 1528年6月21日 - 1603年2月26日)は、神聖ローマ皇帝マクシミリアン2世 (神聖ローマ皇帝)|マクシミリアン2世の皇后。ドイツ語名ではマリア・フォン・シュパーニエン(Maria von Spanien)と呼ばれた。神聖ローマ皇帝カール5世 (神聖ローマ皇帝)|カール5世と皇后イザベラ・フォン・ポルトゥガル|イザベラの長女(第2子)として、マドリードで誕生した。スペイン王フェリペ2世 (スペイン王)|フェリペ2世は兄である。1548年に従兄に当たるマクシミリアンと結婚した。父の要請により、その不在時にスペインで夫とともに摂政を務め、1552年からウィーンへ移った。マリアは、皇帝となる2人の息子、ルドルフ2世 (神聖ローマ皇帝)|ルドルフ2世とマティアス (神聖ローマ皇帝)|マティアスに多大な影響を与えた。また、保守的なカトリック教会|カトリック教徒であり、進歩的な思想を持つ夫マクシミリアンとしばしば対立した。夫の死後、1582年にスペインへ帰国した。帰国後マリアは、「異教徒のいない国に住めてとても幸せだ。」と言ったという。1603年に亡くなるまで、スペイン国政に出しゃばることはなかった。
過去の推移
–06
0.8307
1.6308
1.6909
1.6710
1.5911
1.4912
1.4113
1.3914
1.3915
1.3916
