マリア・テレジア・フォン・ネアペル=ジツィーリエンの画像画像引用元: upload.wikimedia.org

マリア・テレジア・フォン・ネアペル=ジツィーリエン

推定知名度1.62%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女

マリア・テレジア・フォン・ネアペル=ジツィーリエン(Maria Theresia von Neapel-Sizilien, 1772年6月6日 - 1807年4月13日)は、神聖ローマ皇帝フランツ2世の2度目の妃。フランツ2世は1804年以降オーストリア皇帝フランツ1世を名乗り、マリア・テレジアは最後の神聖ローマ皇后および最初のオーストリア皇后となった。ナポリ王国|ナポリとシチリア王国|シチリアの王フェルディナンド4世および3世(後の両シチリア王国|両シチリア王フェルディナンド1世 (両シチリア王)|フェルディナンド1世)とその王妃マリア・カロリーナ・ダズブルゴ|マリア・カロリーナの長女。イタリア語名はマリーア・テレーザ(Maria Teresa)。名前は祖母である「女帝」マリア・テレジアにちなんでいる。1790年に、母方の従兄にあたるフランツ大公と結婚した。同年に妹ルイーザ・マリア・ディ・ボルボーネ=ドゥエ・シチリエ|ルイーザ・マリアがフランツの弟であるトスカーナの支配者一覧|トスカーナ大公フェルディナンド3世 (トスカーナ大公)|フェルディナンドと、1797年に弟フランチェスコ1世 (両シチリア王)|フランチェスコ1世がフランツの妹マリーア・クレメンティーナ・ダウストリア|マリア・クレメンティーネとそれぞれ結婚している。1792年、フランツの神聖ローマ皇帝即位に伴い皇后となった。夫フランツとの間に多くの子をもうけたが、1807年に34歳で死去した。フランツはその後さらに2度再婚した。

過去の推移