マリア・エリーザベト・フォン・エスターライヒの画像画像引用元: upload.wikimedia.org

マリア・エリーザベト・フォン・エスターライヒ

推定知名度0.08%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女

マリア・エリーザベト・フォン・エスターライヒ(Maria Elisabeth von Österreich, 1737年2月5日 ウィーン - 1740年6月7日 )は、神聖ローマ皇帝フランツ1世 (神聖ローマ皇帝)|フランツ1世と皇后マリア・テレジアの間の第1子、長女。両親が帝位、王位に就く以前に夭折した。全名はマリア・エリーザベト・アマーリア・アントニア・ヨーゼファ・ガブリエーラ・ヨハンナ・アガータ(Maria Elisabeth Amalia Antonia Josepha Gabriela Johanna Agatha)。神聖ローマ皇帝カール6世 (神聖ローマ皇帝)|カール6世の初孫として生まれ、誕生に際しては多くの人々の歓呼を受けたものの、両親は男児を望んでいたため落胆した。祖父カール6世は活発な性格のエリーザベトを大変可愛がり、祖母のエリーザベト・クリスティーネ・フォン・ブラウンシュヴァイク=ヴォルフェンビュッテル (1691-1750)|エリーザベト皇后と同じ「リースル(Liesl)」の愛称で呼び、非常なはしゃぎようで初孫と一緒に遊んだ。ラクセンブルク城に家族と一緒に滞在中だった1740年6月7日、にわかに発病して激しい嘔吐を繰り返した。胃痙攣と嘔吐を繰り返しながら、同日中にわずか3歳で死去した。遺骸はカプツィーナー納骨堂内のいわゆる「マリア・テレジア納骨堂(Maria-Theresien-Gruft)」に埋葬された。両親は1743年に生まれた娘にもマリア・エリーザベト・フォン・エスターライヒ (1743-1808)|マリア・エリーザベトと名付けている。

過去の推移