マリア・エリーザベト・フォン・エスターライヒの画像画像引用元: upload.wikimedia.org

マリア・エリーザベト・フォン・エスターライヒ

推定知名度0.42%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女

マリア・エリーザベト・フォン・エスターライヒ(Maria Elisabeth von Österreich, 1680年2月13日 - 1741年8月26日)は、神聖ローマ皇帝レオポルト1世 (神聖ローマ皇帝)|レオポルト1世と皇后エレオノーレ・マグダレーネ・フォン・プファルツ=ノイブルク|エレオノーレ・マグダレーネの次女。南ネーデルラント|オーストリア領ネーデルラント総督を務めた。リンツで生まれる。兄にヨーゼフ1世、妹にポルトガル王国|ポルトガル王妃マリア・アンナ・ヨーゼファ・フォン・エスターライヒ (1683-1754)|マリア・アナ、弟にカール6世 (神聖ローマ皇帝)|カール6世らがいる。1724年より、オイゲン・フォン・ザヴォイエン|プリンツ・オイゲンの後任としてネーデルラント総督となった。彼女は生涯独身で、音楽や芸術を愛した。また、自分の与えられた任務にも忠実で、常にウィーンからの指示に頼ったわけではなかった。1741年に死去し、最初ブリュッセルに埋葬されたが、後にウィーンのカプツィーナー納骨堂|皇室納骨堂へ移葬された。

過去の推移