画像引用元: blogimg.goo.ne.jpマティルダ・オブ・フランダース
推定知名度0.9%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女
マティルダ・オブ・フランダース(Matilda of Flanders, 1031年 - 1083年11月2日)は、ノルマン朝のイングランド王国|イングランド王兼ノルマンディー公ウィリアム1世 (イングランド王)|ウィリアム1世の王妃。父はフランドル伯ボードゥアン5世 (フランドル伯)|ボードゥアン5世、母はフランス王国|フランス王ロベール2世 (フランス王)|ロベール2世の娘アデル。父方を通じてアルフレッド大王とエアルフスウィス(マーシア王オファ (マーシア王)|オファの続柄#玄孫|玄孫)の娘エルフスリュスの血を引いていた。ウィリアム1世と血縁関係(ノルマンディー公ロロを共に先祖に持つ、下の系図参照)にあったことから、ランス (マルヌ県)|ランスの教会会議でいったん婚姻の無効を宣告された。王は教皇|ローマ教皇ニコラウス2世 (ローマ教皇)|ニコラウス2世に願い出て特免状を受け、拒否から4年後の1053年にウー (セーヌ=マリティーム県)|ウーで正式に結婚した。その償いとして、2人はノルマンディーのカーンに男女それぞれの修道院を寄進した。マティルダは、夫ウィリアム1世のノルマン・コンクエスト|イングランド侵攻を称えるバイユーのタペストリーを発案した。1083年、夫に先立って52歳で亡くなった。
過去の推移
–06
0.5307
0.9208
1.109
1.0910
1.0611
1.0412
1.0113
0.9814
0.9815
0.916
