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ボニファーチョ1世

推定知名度0.33%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女

モンフェッラート侯ボニファーチョ1世(Bonifacio I del Monferrato、1150年頃 - 1207年)は第4回十字軍の指導者で、コンスタンティノープル攻略後、テッサロニキ王国を創設した。ボニファーチョは、モンフェッラート侯グリエルモ5世とジュディッタ・ダウストリア(オーストリア辺境伯レオポルト3世 (オーストリア辺境伯)|レオポルト3世の娘)の3男として生まれ、兄にグリエルモ(ロングエペー)、モンフェッラート侯コンラート1世 (モンフェラート侯)|コッラード(コンラート1世)がいる。彼の父と兄2人は十字軍で活躍しており、兄グリエルモはエルサレム王女シビーユ (エルサレム女王)|シビーユと結婚してボードゥアン5世の父となり、コンラートは第3回十字軍時にティルスの防衛に活躍し、シビーユの妹イザベル1世 (エルサレム女王)|イザベルと結婚してエルサレム王になっている。ボニファーチョも若いころから数々の冒険譚があり、彼のトルバドール|トゥルバドゥールによって戯曲化されている。フリードリヒ1世 (神聖ローマ皇帝)|フリードリヒ1世やハインリヒ6世 (神聖ローマ皇帝)|ハインリヒ6世に従い、ホーエンシュタウフェン朝のイタリア攻略に参加した。1193年に兄の跡を継いでモンフェッラート侯となり、1194年からシチリア遠征に参加する。モンフェッラート家はヨーロッパ中の有力な家系と縁組をしており、フランス王国|フランス王フィリップ2世 (フランス王)|フィリップ2世や神聖ローマ皇帝ハインリヒ6世 (神聖ローマ皇帝)|ハインリヒ6世、フィリップ (神聖ローマ皇帝)|フィリップ兄弟は従兄弟にあたる。当時、ピエモンテ州|ピエモンテはオック語圏であり、その宮廷は宮廷詩人や騎士道物語等、文化の中心として栄えた。1201年に第4回十字軍の指導者ティボー3世 (シャンパーニュ伯)|シャンパーニュ伯ティボー3世が亡くなった後、彼自身の軍歴とヨーロッパ王家との縁戚やエルサレム王国や東ローマ帝国等オリエントの事情に詳しいこと等から、新しい指導者に選ばれた。同年のクリスマスに従兄弟のローマ王フィリップの元を訪れ、フィリップの義弟にあたる東ローマ帝国の亡命皇子アレクシオス4世アンゲロス|アレクシオスと会っており、この時にコンスタンティノープル攻撃が計画されたと推定されている。第4回十字軍はヴェネツィア共和国の思惑もあり、ハンガリー王国ザ

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