画像引用元: upload.wikimedia.orgベルンハルト・ツア・リッペ
ベルンハルト・ツア・リッペ(Bernhard Prinz zur Lippe, 1872年8月26日 、ボン郊外 - 1934年6月19日 ミュンヘン)は、ドイツの諸侯リッペ侯国|リッペ侯家の公子で、プロイセン王国|プロイセンの軍人。最後のリッペ侯レオポルト4世 (リッペ侯)|レオポルト4世の弟。リッペ=ビースターフェルト伯家家長エルンスト・ツア・リッペ=ビースターフェルト|エルンストとその妻の伯爵令嬢カロリーネ・フォン・ヴァルテンスレーベンの間の第3子、次男として生まれた。全名はベルンハルト・カジミール・ヴィルヘルム・フリードリヒ・グスタフ・ハインリヒ・エドゥアルト(Bernhard Kasimir Wilhelm Friedrich Gustav Heinrich Eduard)である。プロイセン陸軍に仕官し、最終階級は陸軍少将に至った。出生時の称号はリッペ=ビースターフェルト伯だったが、1905年に兄レオポルトがリッペ侯に即位したのに伴い、リッペ侯子に昇格した。パーダーボルン駐屯の第8驃騎兵連隊に所属していた際、同僚ボード・フォン・エインハウゼン伯爵の妻アルムガルト・フォン・クラム|アルムガルトと恋仲になり、アルムガルトは夫と離婚した。1909年3月4日、においてアルムガルトと結婚し、間に2人の息子をもうけた。この結婚はリッペ侯家の家憲により貴賤結婚とされ、妻子はビースターフェルト伯爵(夫人)の称号を認められるに留まった。1916年2月24日、兄レオポルト4世の裁可により、ベルンハルトの婚姻は対等結婚として追認され、妻子にはリッペ=ビースターフェルト侯子(侯女)の称号と諸侯家の殿下(Durchlaucht)の敬称が認められた。2人の息子たちは、リッペ侯位継承権において最下位にあったが、この時の措置に伴って父に次ぐ順位に進んだ。
