画像引用元: upload.wikimedia.orgプサムティス
推定知名度0.31%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女
プサムティス(Psammuthes)は、エジプト末期王朝のひとつ第29王朝のファラオで、紀元前393年(紀元前393年から紀元前392年にかけて、あるいは、紀元前392年から紀元前391年にかけてとする説もある)の短期間だけその地位にあった。ネフアアルド1世(ギリシア語名:ネペリテス1世)の死後、後継をめぐってふたつの派閥が対立し、一方は先王ネフアアルドの息子ムティス (Muthis) を支持し、もう一方は王権簒奪を狙うプサムティスを支持した。しかし、両者は結局、無関係な人物であったハコルに倒された。プサムティスの統治は1年だけであった。プサムティスが、(当時の首都であったナイル川上流の)メンデスで実権を握っていたことを証明するような、その名が刻まれたものや記念物は、ほとんど残っていないが、デルタの上エジプトに位置するテーベでは、カルナックの聖なる湖の南側にカルトゥーシュが確認できる記念碑がある。
過去の推移
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