画像引用元: jp.france.frブランシュ・ド・フランス
推定知名度0.49%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女
ブランシュ・ド・フランス(Blanche de France, 1328年 - 1382年?/1393年?)は、フランス王国|フランス王シャルル4世 (フランス王)|シャルル4世と3番目の王妃ジャンヌ・デヴルーの娘。シャルル4世の死後に誕生した末子である。カペー家嫡流はシャルル4世の死によって男子が絶えたものの、王妃ジャンヌは夫が死去した1328年2月時点で第3子を懐妊中であり(すでに夭逝していた第1子ジャンヌ、当時はまだ存命の第2子マリーとも女子であった)、男子の出産が期待された。しかし生まれたのが女子ブランシュであったため、カペー朝の断絶が確定し、サリカ法典|サリカ法を根拠にヴァロワ家のフィリップ6世 (フランス王)|フィリップ6世が即位した。ただしカペー家の女子は他にも、シャルル4世の長兄ルイ10世 (フランス王)|ルイ10世の娘にフアナ2世 (ナバラ女王)|ジャンヌ、次兄フィリップ5世 (フランス王)|フィリップ5世の娘にジャンヌ3世 (ブルゴーニュ女伯)|ジャンヌ、マルグリット1世 (ブルゴーニュ女伯)|マルグリットの他2人といった、ブランシュの従姉にあたる王女がおり、ルイ10世の娘のジャンヌにはナバラ王国(カペー朝末期にフランス王が王位を兼ねていた)の王位継承が認められた。1345年、ブランシュは父方・母方の双方で又従弟に当たる、フィリップ6世の息子オルレアン公フィリップ・ド・ヴァロワ (オルレアン公)|フィリップと結婚した。2人の間に子供はなく、ブランシュは夫フィリップと1376年に死別した。死後、ブランシュはサン=ドニ大聖堂に葬られた。
過去の推移
–06
–07
–08
–09
0.3610
0.5711
0.5412
0.5113
0.4914
0.4915
0.4916
