フランソワ・ジョゼフの画像画像引用元: upload.wikimedia.org

フランソワ・ジョゼフ

推定知名度0.28%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女

フランソワ・ジョゼフ・ド・ロレーヌ=ギーズ(François Joseph de Lorraine-Guise, duc de Guise, 1670年8月28日、パリ - 1675年3月16日、パリ)は、フランス王国|フランスの貴族。ギーズ公、ジョワイユーズ公。ギーズ公ルイ・ジョゼフ (ギーズ公)|ルイ・ジョゼフとその妻でオルレアン公ガストン (オルレアン公)|ガストンの娘であるエリザベート・マルグリット・ドルレアンの間の一人息子として、オテル・ド・ギーズ(現在のオテル・ド・スービーズ)で生まれた。1671年にギーズ公爵家の家督を継いだものの、ヴェルサイユ宮廷における儀礼称号としては、母方から受け継いだアランソン公の称号で呼ばれた。フランソワ・ジョゼフはきわめて病弱で、4歳になっても周りの支えが無ければ歩行が出来なかった。1675年の春、居城のリュクサンブール宮殿において、抱きかかえていた乳母が誤って彼を落としてしまい、頭部を強く打って死亡した。ギーズ公爵位は未婚の大伯母マリー・ド・ギーズ (1615-1688)|マリー(ギーズ姫)が相続したものの、彼の死によってギーズ家本家は事実上断絶した。

過去の推移