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フェルディナンド4世

推定知名度0.5%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女

フェルディナンド4世(Ferdinando IV, 1835年6月10日 - 1908年1月17日)は、トスカーナ大公国最後の大公(在位:1859年 - 1860年)。ロレーナ家(ハプスブルク家|ハプスブルク=ロートリンゲン家)のトスカーナの支配者一覧|大公レオポルド2世 (トスカーナ大公)|レオポルド2世の長男。母は両シチリア王国|両シチリア王フランチェスコ1世 (両シチリア王)|フランチェスコ1世の娘マリア・アントニア・ディ・ボルボーネ=ドゥエ・シチリエ|マリア・アントニア。イタリア統一運動の渦中にあって、父の退位により1859年にトスカーナ大公位を継承した。しかし大公国のこれ以上の存続を望まないトスカーナ臨時政府はフェルディナンド4世と対立、翌1860年に大公国の存続の是非を問う国民投票が施行された結果、存続は否決された。フェルディナンド4世は同年3月にやむなく退位、ハプスブルク=ロートリンゲン家本家を頼ってオーストリア帝国|オーストリアへ亡命した。トスカーナはサルデーニャ王国へと併合され、トスカーナ大公国は名実共にその歴史に幕を降ろした。サルデーニャ王国のイタリア統一によってイタリア王国が成立するのはさらにその翌1861年である。

過去の推移