画像引用元: upload.wikimedia.orgフィリッポ2世・ディ・サヴォイア
推定知名度0.98%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女
フィリッポ2世・ディ・サヴォイア(Filippo II di Savoia, 1448年2月5日ジュネーヴ - 1497年11月7日シャンベリ)は、サヴォイア公国|サヴォイア公、ピエモンテ公、アオスタ伯、モーリエンヌ伯、ニース伯、ブレス (フランス)|ブレス伯、キプロス王国|キプロス王、エルサレム王国|エルサレム王(在位:1496年 - 1497年)。フランス語名フィリップ2世・ド・サヴォワ(Philippe II de Savoie)。父はサヴォイア公ルドヴィーコ・ディ・サヴォイア|ルドヴィーコ、母はアンヌ・ド・リュジニャン。サヴォイア公位は兄アメデーオ9世・ディ・サヴォイア|アメデーオ9世の家系によって継承されていたが、その孫カルロ・ジョヴァンニ・アメデーオ・ディ・サヴォイア|カルロ・ジョヴァンニ・アメデーオ(カルロ2世)の死によって断絶した。この時、フィリッポがサヴォイア家の男系男子で最近親者であったことから、相続人となることができた。この時までサヴォイア家の相続権はサリカ法典|サリカ法によることが定められていたわけではなかったが、以後はイタリア王国時代に至るまで男系継承が行われることになった。フィリッポ2世は公位継承の翌年、1497年に死去した。先妻マルグリット・ド・ブルボン (1438-1483)|マルゲリータ(マルグリット)との間の息子フィリベルト2世・ディ・サヴォイア|フィリベルト2世、次いで後妻クラウディーナ(クロディーヌ)との間の息子カルロ3世・ディ・サヴォイア|カルロ3世が後を継いだ。
過去の推移
0.3806
0.6207
0.8708
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0.9310
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0.9813
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0.9815
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