画像引用元: upload.wikimedia.orgヒシャーム・イブン・アブドゥルマリク
推定知名度1.36%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女
ヒシャーム・イブン・アブドゥルマリク(691年 - 743年2月6日)は、ウマイヤ朝の第10代カリフ(在位:724年 - 743年)。父は第5代カリフのアブドゥルマリク。724年に即位する。彼の時代はまず外圧に苦しめられた。ホラーサーンとその東北部では西突厥から自立した突騎施(トゥルゲシュ)の攻撃を受け、イラン系先住民のマワーリーと土着化したアラブの合体による反政府運動、権力をめぐる南北アラブの対立・抗争などである。またハワーリージュ派に扇動されて蜂起したベルベル人の反乱を740年から742年の2年にかけてようやく鎮定した。内政ではイラク総督のハーリド・アルカスリーの支援を得て干拓・灌漑による農地の拡大で財政を再建した。またヒシャームはアブドゥルマリクを除けば歴代カリフの中でも19年という長期の在位を保ち、没落傾向にあったウマイヤ朝に最後の安定期をもたらした。だが腹心のハーリドはのちにマワーリーの税制問題から失脚。740年にはザイド・ブン・アリーがクーファのシーア派に擁立されて反乱(ザイド・ブン・アリーの乱)を起こすなど、すでにウマイヤ朝は末期的状況に置かれていた。なお、この反乱自体は簡単に鎮圧し、ザイドを処刑している。743年に54歳で死去した。跡を甥のワリード2世が継いだ。なお、孫であるアブド・アッラフマーン1世はアッバース革命の際にウマイヤ家の一族が皆殺しに遭った際、イベリア半島に逃れて後ウマイヤ朝を建て、初代アミールとなった。
過去の推移
–06
–07
0.3908
0.6109
0.6610
0.9711
1.2612
1.3113
1.3614
1.3615
1.3616
