ナターリア・アレクセーエヴナの画像画像引用元: upload.wikimedia.org

ナターリア・アレクセーエヴナ

推定知名度0.57%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女

ナターリア・アレクセーエヴナ(Наталья Алексеевна, 1755年6月25日 - 1776年4月26日)は、ロシア帝国|ロシア皇帝パーヴェル1世の最初の妃。パーヴェルが皇帝に即位する前に死別したので、皇后にはならなかった。ロシア大公女・大公妃一覧|ロシア大公妃の称号で呼ばれた。ドイツ語名はヴィルヘルミーネ・ルイーザ・フォン・ヘッセン=ダルムシュタット(Wilhelmine Luisa von Hessen-Darmstadt)。ヘッセン=ダルムシュタット方伯領|ヘッセン=ダルムシュタット方伯ルートヴィヒ9世 (ヘッセン=ダルムシュタット方伯)|ルートヴィヒ9世とその妃ヘンリエッテ・カロリーネ・フォン・プファルツ=ツヴァイブリュッケン(ライン宮中伯|プファルツ系ヴィッテルスバッハ家傍系出身)の第5子として、プレンツラウ(現在のブランデンブルク州の町)で生まれた。1773年10月10日、パーヴェル大公と結婚した。結婚にあたっては正教会|正教に改宗し、ナターリア・アレクセーエヴナと改名した。ナターリアは1776年4月にサンクトペテルブルクで第1子を死産し、自身も体調を崩して急逝した。Category:ヘッセン=ダルムシュタット家Category:ロシア皇族の妃Category:1755年生Category:1776年没

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