画像引用元: wing-auctions.c.yimg.jpトレヴァー・デュピュイ
トレヴァー・ネヴィット・デュピュイ(Trevor Nevitt Dupuy、1916年5月3日 - 1995年6月5日)は、アメリカの退役陸軍大佐・軍事史家。デュピュイ戦略研究所の設立者である。父親との共著『ENCYCLOPEDIA OF MILITARY HISTORY』は世界的に有名。==経歴==*1916年 - 誕生。*1934年 - アメリカ陸軍士官学校入学。*1952年 - ハーバード大学大学院で軍事科学戦術担当教授として5年間教鞭をとる。*1958年 - 大佐で退役。その後、ラングーン大学の客員教授や国防総省国防分析研究所の研究員、米軍事研究所長を経験する。*1962年 - デュピュイ戦略研究所を設立。==日本との関係==六歳の頃、両親と共にアメリカ陸軍の輸送船「トーマス」でマニラからサンフランシスコに向かう途中で長崎に寄航。3日間滞在した。第二次世界大戦中のビルマ戦線で、日本陸軍第18師団の兵士を尋問している。その中で、師団長の田中新一中将を立派な指揮官だと誉めている。デュピュイは生涯日本語を話せなかったらしく、あいだに中国人の兵士を挟み、片言の中国語と漢字を使って意思疎通をはかったそうである。1946年、陸軍次官の軍事アシスタントを勤めた関係で日本を公式訪問。翌1947年にも来日している。1988年に東京を訪問。当時の防衛庁で軍事史と自分が開発したコンピューターによる戦闘シミュレーション・モデルについての講演を行った。その後も日本に留学していた末娘を訪ねてたびたび来日していた。==朝鮮戦争に対する見解==別名「勝利なき戦い」と呼ばれた朝鮮戦争に対して「ワシントンは軍に対して『朝鮮半島に侵攻した共産軍を撃破せよ』との明確な任務を与えればよかった。朝鮮半島にどんな政府を作るのか、あるいは原状回復に留めるかは、勝利の後で政治が決めることである。作戦進展状況に政治的思惑を絡ませれば勝利はない」との苦言を呈したとされている。==TNDMについて==デュピュイが開発したのは、数値的戦術決定モデル(Tactical Numerical Deterministic Model : TNDM)といわれる、トップダウン型のコンピューター化された戦闘シミュレーションプログラムである。相対戦闘力と損害・戦闘時間と戦場・起動速度に焦点を当てて分析したデータをもとに戦術機動の選択に役立つよう研究したものである。多くのアメリカ
