テオドラ・アンゲリナの画像画像引用元: upload.wikimedia.org

テオドラ・アンゲリナ

推定知名度0.78%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女

テオドラ・アンゲリナ(Theodora Angelina, 生没年不詳)は、バーベンベルク家のオーストリア君主一覧|オーストリア公レオポルト6世 (オーストリア公)|レオポルト6世の妻。イサキオス・コムネノス(東ローマ帝国マヌエル1世コムネノスの甥の子)と皇女アンナ・アンゲリナ(皇帝アレクシオス3世アンゲロスの子)の唯一の子。1197年、第二次ブルガリア帝国|ワラキア=ブルガリア帝国第2代皇帝イヴァンコ(イヴァン・アセン1世を殺して即位)と結婚。東ローマ帝国に恭順の意を表明し、アレクシオスの名まで賜っていたイヴァンコは1198年にすぐさま反旗を翻し、父イサキオスは、夫の属するワラキア=ブルガリアの捕虜となって死んだ。将軍マヌエル・ヴァタツェスは彼を捕らえ、テオドラは夫と離婚した。1200年頃、彼女はワラキア=ブルガリアの指導者であるドブロミル(将軍マヌエルの義理の息子)の3人目の妻となっていた。後に第4回十字軍のもたらした東ローマ帝国の崩壊のさなか、テオドラはレオポルト6世と結婚した。2人には7子が生まれた。*マルガレーテ・フォン・バーベンベルク|マルガレーテ(1204年 - 1266年) - ローマ王|ドイツ王ハインリヒ7世 (ドイツ王)|ハインリヒ7世(神聖ローマ皇帝フリードリヒ2世 (神聖ローマ皇帝)|フリードリヒ2世の長男)と結婚、死後にボヘミア王オタカル2世と再婚。*アグネス(1205年 - 1226年) - ザクセン君主一覧|ザクセン公アルブレヒト1世 (ザクセン公)|アルブレヒト1世妃*レオポルト(1207年 - 1216年)*ハインリヒ(1208年 - 1228年) - テューリンゲンの君主一覧|テューリンゲン方伯ヘルマン1世 (テューリンゲン方伯)|ヘルマン1世の娘アグネスと結婚し、1女ゲルトルートをもうける。ゲルトルートはバーデン (領邦)|バーデン辺境伯ヘルマン6世 (バーデン辺境伯)|ヘルマン6世と結婚、死別後にキエフ大公ダヌィーロ・ロマーノヴィチ|ダヌィーロの息子ロマンと再婚、フリードリヒ2世の死後、バーベンベルク家の女子相続人となる。*ゲルトルート(1210年 - 1241年) - テューリンゲン方伯ハインリヒ・ラスペ妃*フリードリヒ2世 (オーストリア公)|フリードリヒ2世(1211年 - 1246年) - オーストリア公*コンスタンツェ(1212年 - 1243年) - マイセン辺

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