チャガン・テムル(Čaγan-Temür, ? - 1362年)は、元の将軍。漢字表記は察罕帖木児。河南沈丘(現在の安徽省臨泉県)の人。その家系はモンゴル化したウイグル部の出自であるが、曽祖父の代から河南に土着して久しく、廷瑞という漢語の字ももっていた。元末、河南で紅巾の乱が起こり河南も騒乱に巻き込まれると、地方名士であったチャガン・テムルは沈丘の住民数百名を集めて義勇軍を率い紅巾軍と戦った。やがて賊軍を破った功績により汝寧府のダルガチ(行政官)に取り立てられ、河南地方における軍閥に成長し始める。紅巾軍が北方に進出すると河北に......
チャガン・テムル(Čaγan-Temür, ? - 1362年)は、元の将軍。漢字表記は察罕帖木児。河南沈丘(現在の安徽省臨泉県)の人。その家系はモンゴル化したウイグル部の出自であるが、曽祖父の代から河南に土着して久しく、廷瑞という漢語の字ももっていた。元末、河南で紅巾の乱が起こり河南も騒乱に巻き込まれると、地方名士であったチャガン・テムルは沈丘の住......