タデウシュ・バイルトの画像画像引用元: upload.wikimedia.org

タデウシュ・バイルト

推定知名度0.34%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女

タデウシュ・バイルト(Tadeusz Baird, 1928年7月26日グロジスク・マゾヴィエツキ - 1981年9月2日ワルシャワ)はポーランドの現代音楽の作曲家。ユネスコ国際作曲家会議で、作曲作品が1959、1963、1966年に次々と入賞して国際的に評価された。カジミェシュ・セロツキとともに、現代音楽祭ワルシャワの秋を設立。セロツキ、ヤン・クレンツとともにグループ49を旗揚げし、新古典的な作風からスタートしたが、やがて50年代以後の前衛のイディオムを参照して、独自の音楽性に到達。トーン・クラスターは1960年代にポーランドでも幅広く使用されたが、バイルトの使い方は非常に独特で一定の音域内(たとえばオクターブ)におびただしい声部を絡ませるタイプであった。この使用法が積極的に用いられるのは「交響曲第3番」以降である。また、声部の音名が全て違っており、しかも最も速くと言う指示もなされることがあり、多くの局面で激情的な性格を有する。その音楽性はオーボエ協奏曲で一つの頂点を迎える。ヴィオラと管弦楽のための Concerto lugubre 以降は、書式や構造等の面で古典化が著しくなり、かつての暴力性は鳴りを潜めた。1981年に急逝。

過去の推移