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ジャーニー・ベク

推定知名度0.26%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女

ジャーニー・ベク(جانى بيك خان, Jānī bīk Khan, ? - 1357年)は、ジョチ・ウルス(キプチャク・ハン国)の第12代当主(ハン、在位:1342年-1357年)。ジャニベク・ハンとも呼ばれる。先々代のウズベク・ハンの息子。先代のティーニー・ベク・ハンの同母兄弟で、母はウズベク・ハンの4人いた正妃(ハトゥン)のうち第一正妃で大ハトゥンであったタイ・ドゥラ(タイトゥグリー)であった。バトゥの6世の子孫にあたる。名前の「ジャーニー」とは、ペルシア語で「魂」「親愛さを」を意味する「ジャーン」جان jān から派生した「霊」「精神」という意味の単語「ジャーニー」(جانى jānī)に由来しており、兄のティーニー(「肉体の」「有形の」の意味)と対になる意味の単語である。1334年頃にウズベク・ハンの宮廷を訪れたイブン・バットゥータの旅行記には、両兄弟について述べられており、ジャーニ・バク جان بك Jāni bak と書かれている。敬虔なムスリムとして知られた人物で、異教徒たちの寺院を破壊し、モスクやマドラサを建設して父ウズベクが推進していた国内のイスラーム化に尽力したという。バトゥータによると、彼のイスラームについての教育はサイイド・シャリーフ・イブン・アブドル=ハミードという人物だったようで、バットゥータは宮廷では彼らジャーニー・ベク配下のムスリム高官たちから主人ジャーニー・ベクの方が人格的により好ましいからと勧められ、彼の帳戸に滞在していた。

過去の推移