画像引用元: upload.wikimedia.orgジャン2世
ジャン2世(Jean II, 1426年 - 1488年4月1日)は、ブルボン公およびオーヴェルニュ地域圏|オーヴェルニュ公(在位:1456年 - 1488年)、クレルモン伯。ブルボン公シャルル1世 (ブルボン公)|シャルル1世の長男。母はブルゴーニュ公国|ブルゴーニュ公ジャン1世 (ブルゴーニュ公)|ジャン1世(無畏公)の娘アニェス・ド・ブルゴーニュ (1407-1476)|アニェス。百年戦争中の1450年、イングランド王国|イングランド軍がノルマンディーに上陸して南下した際、義理の伯父(母方の伯母マルグリット・ド・ブルゴーニュ (1393-1442)|マルグリットの夫)のアルテュール3世 (ブルターニュ公)|アルテュール・ド・リッシュモン大元帥からの合流命令を待たずフランス王国|フランス軍を率いてイングランド軍と対決した。兵数が少ないため敗北寸前だった所をリッシュモンの救援で持ち応え、最終的に勝利を収めた(フォルミニーの戦い)。戦後リッシュモンと行動を共にしカーンを包囲、陥落させた。1447年にフランス王シャルル7世 (フランス王)|シャルル7世の娘ジャンヌ・ド・フランス (1435-1482)|ジャンヌ(1435年 - 1482年)と結婚したが、子供をもうけないまま死別した。1484年にヌムール公ジャック・ダルマニャック (ヌムール公)|ジャック・ダルマニャックの娘カトリーヌと結婚したが、1487年に1男ジャンを出産後間もなく、母子ともに死去した。1487年にブルボン家傍系のジャン8世 (ヴァンドーム伯)|ヴァンドーム伯ジャン8世(フランス王アンリ4世 (フランス王)|アンリ4世の父方の続柄#高祖父|高祖父)の娘ジャンヌ・ド・ブルボン=ヴァンドーム|ジャンヌ(1465年 - 1511年)と結婚し、1488年に1男ルイをもうけたが、同年にルイもジャン2世本人も死去した。嗣子を残さなかったため、シャルル2世 (ブルボン公)|シャルル2世、次いでピエール2世 (ブルボン公)|ピエール2世と弟2人が継承者となった。
