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ジャンヌ2世

推定知名度0.18%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女

ジャンヌ2世(Jeanne II d'Auvergne, 1378年 - 1424年)は、フランス王国|フランスのオーヴェルニュ地域圏|オーヴェルニュ女伯およびブローニュ=シュル=メール|ブローニュ女伯(1404年 - 1424年)。フランス王シャルル5世 (フランス王)|シャルル5世の弟ベリー公ジャン1世 (ベリー公)|ジャン1世の後妻となった。ジャンヌ・ド・ブローニュ(Jeanne de Boulogne)の呼び名で知られた。オーヴェルニュ伯ジャン2世 (オーヴェルニュ伯)|ジャン2世とその妻アリエノール・ド・コマンジュの間に一人娘として生まれた。母はラテン帝国皇帝ピエール2世・ド・クルトネーの末裔である。1389年6月5日にリオン (フランス)|リオンにおいて、38歳年上のベリー公ジャン1世と結婚した。ジャン1世はを分封領として所有しており、ジャンヌとも姻戚関係にあった。ジャン1世の父であるフランス王ジャン2世 (フランス王)|ジャン2世の後妻が、ジャンヌの同族の従叔母であるオーヴェルニュ女伯ジャンヌ1世 (オーヴェルニュ女伯)|ジャンヌ1世だったためである。1393年1月28日、当時まだ15歳のジャンヌは、で起きた火災事故において、夫の甥にあたるシャルル6世 (フランス王)|シャルル6世の命を救ったことで知られる。この仮装舞踏会は王妃イザボー・ド・バヴィエールが主宰したもので、シャルル6世は5人の貴族とともにに扮して登場した。シャルル6世がジャンヌのところへ挨拶に来た直後、王弟のオルレアン公ルイ・ド・ヴァロワ (オルレアン公)|ルイが誤って野蛮人に扮した人々の燃えやすい衣装に火をつけてしまった。ジャンヌはとっさにシャルル6世を自分のスカートでくるみ、王に火が燃え移るのを防いだ。この事故で4人が焼死し、シャルル6世は命は助かったものの、精神的ショックから持病の精神疾患を急速に悪化させた。1404年、父の死に伴いオーヴェルニュとブローニュの伯領を相続した。1416年にベリー公と死別し、まもなくギーヌ伯ジョルジュ・ド・ラ・トレモイユと再婚した。どちらの夫との間にも子供をもうけることなく、1424年に死去した。家領は同族の従叔母でラ・トゥール領主夫人のマリー1世 (オーヴェルニュ女伯)|マリー1世に相続された。

過去の推移