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ジャンヌ・ド・ダンマルタン

推定知名度0.02%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女

ジャンヌ・ド・ダンマルタン (Jeanne de Dammartin、1220年頃 - 1279年3月16日)は、フランスのオマール伯、ポンチュー伯。オマール伯シモン・ド・ダンマルタンとポンチュー伯マリーの子。1230年頃、父シモンがフランス王ルイ9世との婚約を整えるが、後にルイによって破棄された。1237年、ブルゴスにてカスティーリャ・レオン王フェルナンド3世と結婚し、5子をもうけた。カスティーリャ語ではフアナ・デ・ダンマルティン(Juana de Danmartín)と呼ばれた。*フェルナンド(1238年-1264年) - オマール伯*レオノール(1241年-1290年) - ポンチューおよびモントルイユ伯。1254年にイングランド王エドワード1世と結婚。*ルイス - マルチェダおよびスエロス領主*ヒメノ(1244年没)*フアン(1244年没)フェルナンド3世に先立たれると、ジャンヌは引退し自分の領地に戻った。1254年頃、ファルヴィ領主ギィ・ド・ネールと再婚、2子をもうけた。1259年、従姉であるブローニュ女伯およびダンマルタン女伯マティルド・ド・ダンマルタンが死ぬと、ジャンヌはブローニュ伯領の相続を目論んだ。しかし、パリ高等法院は1262年に裁定を下し、ブローニュ伯領はアデライード・ド・ブラバン(母がブローニュ伯の娘)に、ダンマルタン伯領はル・ヴォーマン領主マチュー・ド・トリーに相続させた。

過去の推移