シーダーズの戦いの画像画像引用元: www.juniorsoccer-news.com

シーダーズの戦い

推定知名度1.42%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女

シーダーズの戦い(Battle of The Cedars)は、アメリカ独立戦争初期の大陸軍によるカナダ侵攻作戦中1776年5月18日から27日にかけて行われた一連の軍事的衝突である。これらの戦闘はモントリオール市の西28マイル (45 km) にあるシーダーズ(フランス語でレ・セドレ)付近で起こり、小戦闘ばかりだった。大陸軍の部隊が主にイロコイ族インディアンの大部隊と少数の民兵を率いるイギリス軍の抵抗を受けた。モントリオールの大陸軍守備隊を指揮していたベネディクト・アーノルド准将は、イギリス軍とインディアンがモントリオールの西で軍事的な準備をしているとの噂を耳にした後、1776年4月にシーダーズに分遣隊を置いた。この分遣隊はイギリス軍のジョージ・フォースター大尉が率いるイギリス兵とインディアンの連合軍と対峙した後の5月19日に降伏した。シーダーズに向かっていた大陸軍の援軍も5月20日に短時間の小競り合い後に捕獲された。アーノルドがこの地域にそこそこの勢力の部隊を率いて来ており、これらの捕虜は全てフォースターとアーノルドとの交渉後に釈放された。その交換条件は大陸軍が捕まえていた捕虜を同数だけ釈放することだった。しかし、この取引は大陸会議によって拒否され、イギリス兵の捕虜は釈放されなかった。シーダーズで大陸軍を率いていたティモシー・ベデル大佐とアイザック・バターフィールド中尉は、その責任について大陸軍から軍法会議に掛けられ、解雇された。ベデルは改めて志願兵として功績を挙げ、1777年に新しい任官を受けた。この戦闘に関する報告はしばしば絵入りで被害を異常に誇張したものがあり、イギリス軍の大半を占めていたイロコイ族が行った残虐行為については嘘の証言もあった。

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