画像引用元: upload.wikimedia.orgシャルル4世
シャルル4世(Charles IV, 1294年6月18日 - 1328年2月1日)は、フランス王国|フランスフランス君主一覧|王(在位:1322年 - 1328年)およびナバラ王国|ナバラナバラ君主一覧|王(カルロス1世、在位:同)。カペー朝最後のフランス王。フィリップ4世 (フランス王)|フィリップ4世とその妃であるナバラ女王フアナ1世 (ナバラ女王)|フアナ(ジャンヌ)1世の三男。ルイ10世 (フランス王)|ルイ10世、フィリップ5世 (フランス王)|フィリップ5世の弟。次兄フィリップ5世が息子の無いまま死去したため、フランスとナバラ王位を継承した。1324年にアキテーヌ地域圏|アキテーヌを巡ってイングランド王国|イングランド王エドワード2世 (イングランド王)|エドワード2世(妹イザベラ・オブ・フランス|イザベラの夫)と激突、叔父のヴァロワ伯シャルル (ヴァロワ伯)|シャルルの助けを得てエドワード2世に勝利、翌年にフランス優位の和睦を結んだ。1328年にイザベラとエドワード2世の子で甥のエドワード3世 (イングランド王)|エドワード3世との間で改めて和睦を結んだが、同年に死去した。息子が夭折、娘しかいなかったためカペー朝は断絶した。王位は従弟のフィリップ6世 (フランス王)|フィリップ6世(ヴァロワ伯シャルルの子)に移り、ヴァロワ朝が開かれた。1323年にパリ宮廷に送られたボヘミア王国|ボヘミア王ヨハン・フォン・ルクセンブルク|ヨハンの息子ヴェンツェルを養育した。ヴェンツェルは後にシャルル4世の名前を取ってシャルルと改名し、1346年にボヘミア王位を継承、翌1347年に神聖ローマ皇帝に即位してカール4世 (神聖ローマ皇帝)|カール4世となった。1323年、ヴァロワ伯シャルル (ヴァロワ伯)|シャルルを使節として教皇ヨハネス22世 (ローマ教皇)|ヨハネス22世に派遣し、フィリップ5世 (フランス王)|フィリップ5世が1320年に中止した十字軍の計画を再開した。しかし、ヨハネス22世がシャルル4世を信用せず、またシャルル4世もエドワード3世との争いに忙殺されたため、交渉は頓挫した。ヴァロワ伯は翌年に亡くなる。1326年、反乱を起こされている東ローマ帝国に介入しようとした。東ローマ皇帝アンドロニコス2世パレオロゴスは東西教会の合同をもちかけ、ヨハネス22世も交渉に前向きだったが、アンドロニコス2世の孫アンドロ
