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サイード・パシャ

推定知名度1.07%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女

サイード・パシャ(Said Pasha, 1822年3月17日-1863年1月17日)は、ムハンマド・アリー朝エジプトのエジプト総督(ワーリー, 在位1854年 - 1863年)。名君として評価されるが、スエズ運河開発によって財政を悪化させた。1822年、ムハンマド・アリーと側室の間に、四男として生まれる。少年時代には、34年から37年までカイロ領事だったフェルディナン・ド・レセップスが家庭教師を務め、温和でヨーロッパ好きに育った。1854年に即位すると近代化政策を進め、失敗もしたが人道的、民主的な改革を行なった。恩師レセップスに勧められスエズ運河の開発を始めるが、農民に多大な負担をかけ財政が非常に悪化する。そのことによるショックから1863年に死去した。40歳。

過去の推移