コルッチョ・サルターティの画像画像引用元: upload.wikimedia.org

コルッチョ・サルターティ

推定知名度0.06%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女

リーノ・コルッチョ・サルターティ(Lino Coluccio Salutati、1331年2月16日 - 1406年5月4日)は、ルネサンス期イタリアの政治家、人文主義者(ヒューマニスト)。1375年から亡くなる1406年までフィレンツェ共和国の書記官長を務めた。同国出身の詩人フランチェスコ・ペトラルカの弟子で、当時の人文主義者を保護してフィレンツェを人文主義運動の発信地に成長させた。公文書の記述に古典ラテン語の修辞法を導入し、1397年頃にギリシャの文人マヌエル・クリュソロラスを招聘してフィレンツェでギリシア語を教えさせるなど、約30年に渡ってイタリアに於けるルネサンス(古代文化の復興)に尽力したとして名高い。代表的な著作に、1400年頃に著された『専制君主論 (De tyranno)』があり、これは同国出身の政治思想家ニッコロ・マキャヴェッリ『君主論』を先駆けた作品として名高い。また、サルターティがフィレンツェの学者へ宛てた古典ラテン語の手紙は、その洗練された文章で知られる。サルターティは「Scimmia di Cicerone」と称される他、同国出身のカトリック枢機卿兼ミラノ僭主から「サルターティの筆は、1000人の騎兵に等しい」と評された。

過去の推移